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学びと時間

どうもブログがさぼり気味。

ブログを書くということは文章を構成して組み立てて形にするというスキルを必要としている。

日頃から長文を書くことが少ない身の上としては、このブログをサボってしまうということは、文章能力や伝える力の低下に直結するわけで危機感はあるものの、一方で生活パターンの中に組み込んでいない現状では、こんなものなのだろう。

しかし、知力であれスキルであれ、どんなことであっても練習をして日々積み重ねていくことによって研鑽されていく一方で、やらなければ衰えていくものである。

人間が、何がしかのスキルなどを身につけるためには、およそ1万時間ほどがかかると言われている。

スキルと言っても趣味というレベルを超えてある程度のプロに近いレベルのスキルということではあるようだけれども、この時間についてはちょっと計算してみると納得ができる。

年間2000時間の労働時間を持っているとすると約5年ほどで1人前ということ。

スポーツなどだと、子供はそこまで時間をかけることは難しいが、仮に半分の1000時間くらいを部活に使っているとして10年くらい。

小学生で始めたスポーツが大学生や社会人くらいになると技術的にも安定してくるということで感覚的にも頷けるレベルではないだろうか。

まあ、アメリカで学者が研究をした結果ということなので、サンプルの質がどこにあるかは分からないが、まとはずれということはないだろう。

 

さて、はてなブログ今週のお題「いま学んでみたいこと」についてということで、何かを学ぶということを考えたら、そんなスキルを習得する時間の話を思い出したのだが、何を学びどの程度を目指すのかということにより、かけるべき時間は違ってくる。

1万時間というのは社会人として求められるレベルの仕事のスキルであるとか、プロやセミプロ級のスポーツ選手などのレベルである。

まあ、それなりに形になるレベルであればTEDでは20時間なんていうプレゼンもあったが、これだと形になるレベルか。

自動車学校の教習時間や週1程度の学校の授業時間が、比較的これに近いところだろう。

ある程度しっかり学んだというのであれば100時間ほどはあった方がいいのではなかろうか?

100時間というと専門学校などの学校で1ヵ月ほど学んだり、週3日、1回1時間で1年続けたくらいになるが、そこまでやればそこそこのレベルには達するイメージだ。

これが得意ですと自慢をして言えるレベルに達するのには、ということであれば500ー1000時間くらいだろうか?

もちろん、時間を費やせばいいというわけではなくて、生まれてから今まで100時間以上を優に上回るほどの時間を使ってきた日常生活の様々な行動が形になっているかというと、学ぶという意識がないために、そんなことにはなっていない。

もちろん、四六時中スキルを高めようだなどと意識していては倒れてしまうので、もちろん無理な話だが、取り組む姿勢がなければ、そんなものということだ。

そう考えて時間のことを思うと、何か1つに取り組むというのが意外に自分の今の生活スタイルでは難しいなということにも思い至る。

自分の場合は一日の中でルーティーンと言える作業をかなりきっちり組み込んでいるので、余暇時間でありながら自由時間でもなかったりして自分で自分の首を締めている面がある。

知識を増やしたい、スキルを身に着けたい、という思いがないではないけれども、そのために必要な時間をどのようにして作っていくのか、時間の取捨選択というところがまずは必要なことなのだろう。

<追記>

時間のことを考えているうちに、ふと思い出したことがある。

老後の自由時間の話だ。

老後の自由時間は人によって多少違いはあるけれども一般的に言われるのは8万時間から10万時間ほどだ。

もちろん、これは定年退職をして平均的な寿命まで健康に生きていれば、という前提なので全ての人に与えられるわけではないし、一方でそれ以上の時間を得られる人もいるだろう。

しかし、いずれにしても老後と言われる時間はたっぷりとある。

プロやセミプロ級のスキルを8~10個も身につけられるだけの時間だ。

もちろん、全てを自己啓発には使えないかもしれないが、3つ4つのスキルを身につけるだけでも大いに楽しい人生になるはずだ。

良く年をとると若さが羨ましいということを言われるが、現代の日本においては老いることが本当は羨ましいのではないだろうか?

若くもなく、老いてもなく、しかし人生の中で岐路に立つと言われる年代としては上も下も、そして今も大事なのだとは思うけれども。